作れることと、わかることは別の話
あくまで私個人の意見・感想です
これを真に受けて変わろうとか考えなくていいです。
最近感じまくる違和感を文字にしてるだけなので
創作と理解の違い
LLMを使って生み出すのは簡単ですが、その中身を理解しないまま世の中に解き放ったりそんなものでお金を獲ろうとか甘い考えははっきり言ってゴミです。
ツールが賢くなるのは別にいいことだと思ってる。でもツールが賢くなったからといって、それを使う人間が賢くなったわけじゃない。そこを混同してる人が多すぎる。
Claude に聞いたら答えが返ってきた、GPT に投げたらコードが書けた、それ自体はすごいことだと思う。でも「自分が作った」とか「自分が理解した」は全然別の話で、その区別がついてない人と話してると正直しんどくなってくる。
速さと深さは別軸の話
LLM を使えば何でも爆速でアウトプットできるようになった。記事も、コードも、企画書も。でもそのアウトプットの品質を判断するのって結局人間で、その判断力がない人が速さだけ手に入れても、ゴミを量産するスピードが上がるだけなんですよね。
仮にうまくいったとしても、いつかボロが出る。企業からオファーが来て面談になったとき、技術的な話を突っ込まれたら答えられますか、という話で。自分が作ったと言っているものの中身を説明できなかったら、それは経歴詐称と構造的に同じことをしてる。面接官からしたら「この人は何もわかってないのに実績だけある」になる。
そのギャップは絶対にどこかで露呈する。 「AIを使いこなせてる」と「AIの出力をそのまま流してる」はパッと見で区別がつきにくいから、後者が前者のフリをしやすい時代になってる。それが気持ち悪い。
お金の話
一番きついのがこれで、理解してないものを売ろうとするやつ。
自分が何を作ったか説明できないのに値段をつけてる。質問されたら答えられないのに納品してる。それって詐欺とどう違うんだろうってずっと思ってる。本人に悪意がないのがまたタチが悪くて、「AIが作ってくれたから大丈夫」みたいな謎の信頼を持ってたりする。
大丈夫じゃないです。
別にLLMが悪いとは思ってない
念のため言っとくと、LLM 自体はめちゃくちゃ便利だと思ってるし、使わない理由もない。自分も普通に使う。
ただ使い方として、自分の思考を整理するとか、知らない領域の入口に立つとか、そういう使い方と「考えるのが面倒だから全部任せる」は全然違うと思っていて、後者の人がアウトプットを外に出し始めると全体のノイズが上がる。
それがじわじわしんどい。
まとめるつもりはないけど
違和感の正体は多分、「楽をすること」と「楽になること」を混同してる人が増えたことな気がしてる。
楽をした結果として自分が楽になるならいいんだけど、楽をした結果として周りが楽じゃなくなってるパターンが多くて、本人はそれに気づいてない。
別に正しいことを言いたいわけじゃなくて、ただ最近そういうのが目についてモヤモヤしてるという話でした。